「繊細さん」と言われるHSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)。感受性が強く、物事に敏感に反応してしまう刺激に弱い人が持つ気質を指すそうです。
数年前までは「私はHSP気質だ…」と感じていたのですが、今はそうは思いません。「HSP気質でストレス過多になり会社をやめました」と言っていたのに・・・(笑)
HSPは「気質」なので、それ自体は消えていないのかもしれませんが、今はさほど気にならなくなりました。今回はその考察をまとめてみます。
HSPの定義
HSPを提唱したアーロン博士の本によると、HSP気質を持つ人はDOES(ダズ)とよばれる特徴があるそうです。
Depth of Processing:物事を深く考え処理する
Overstimulation:外部からの刺激に過剰に反応するため疲れやすい
Emotional response and empathy:感情の反応が強く共感力が高い.
Sensitivity to Subtleties:些細なことにも気づきやすく感覚が鋭い
アーロン博士の本を読んだときに、特に「自分に当てはまるなぁ」と思ったのは以下の項目でした。(一言一句このとおりに書いてあったわけではありません)
- 人よりも体力がなくすぐ疲れてしまう
- 人一倍休養を必要とする
- まわりの人が何を考えているかなんとなくわかる
- 近くで人が怒ったり泣いたりしているとソワソワする
- アルコールやカフェイン飲料を摂取するとお腹が敏感に反応する
当時は企業で営業職をしていて、わりと病んでいた時期だったので一層ぶっささりやすかったのかもしれません。
自分をHSPだと思っていた要因の考察
HSPという言葉を知ったのは2019年くらいだったと思います。
「繊細さんの本」が本屋のおすすめの棚に並んでいて、立ち読みしたときに「うわー自分やん!」と衝撃を受けました。
そこから、HSPに関する本を片っ端から読み、20冊以上は目を通したのではないかと思います。たいていのHSP本には「HSPチェックリスト」なるものがあり、やってみるとほぼ当てはまっていました。
なぜそんなにHSPという概念が自分に刺さったのか?と考えてみたところ、以下の要因があるかもな~と思いました。
・仕事のストレスがMAXにたまっていた
・環境があいまって刺激に弱くなっていた
・自分の状態に名前がほしかった
仕事のストレスがMAXにたまっていた
「HSP」や「繊細さん」という言葉が流行した当時、私はIT企業の営業職をしていて、かなりストレスが溜まっていました。たとえばこんな感じ。
・朝。まだ寝ていたいけど仕事なので仕方なく起きる
・「あああ仕事行きたくないなぁ。この生活を定年まで続けるなんてマジ無理」と唱えながら家を出る
・身動きの取れない満員電車で、おじさんのオナラのにおいに我慢しながら通勤
・時間ぎりぎりに会社に到着。始業開始と同時に代表番号に電話がめっちゃかかってくるので対応
・転職したばかりでわからないことが山ほどあるが、上司に質問しても「それをうまい具合にすすめるのが君の仕事だよね」と言われる。他の人は多忙なため誰にも質問できない
・仕事がすすまないのでクライアントにぶちぎれられ、涙をこらえて謝る
・「もう帰りたい。やめたい」と心のなかで連呼する。涙をこらえまくったので喉が痛い
・終業後は上司のおじさんにサシのみに連れていかれ、延々と自慢話とダメ出しをされる
毎日こんな感じだったわけではありませんが、こういうときもありました。書いているだけでちょっと暗い気持ちになりますね( ;∀;)
能動的に状況を変えようとしなかった私も悪いのですが、とにかくストレスがたまっていました。
こういう状況だったので、まわりで起こることのすべてが、自分に悪影響を及ぼしているように見えたのかもしれません。
環境があいまって刺激に弱くなっていた
思い返してみると、仕事以外にもストレスの要因があったと思います。たとえば家庭環境。HSPの概念を知った当時、私は両親と一緒に実家に住んでいました。
両親は一生懸命子育てをしてくれて、今も私を温かく見守ってくれます。ですが、やや感情的な面があり、父と母はよくケンカしていました。
また、うちは裕福な家庭ではなかったので、母は朝から夜まで働きづめで、仕事が終わって帰宅するとヘトヘトに疲れていました。そして酒を飲み、荒れ狂う日もありました。
仕事で疲れて家に帰ってきて、ひと悶着あると「はあ、なんだかどこにいても心が落ち着かないな」と思っていました。
今になって振り返ると、こうした環境も私が刺激に弱くなった要因かもしれません。
自分の状態に名前がほしかった
先述のいろいろがあいまってストレスが爆発したのか、私は適応障害という心の病気になりました。まわりの人と同じように働くことができなくなり、「ああ、社会不適合者になってしまった・・・」と情けない気持ちでした。
そのときに見つけたのが「HSP」や「繊細さん」という概念です。HSPの本を読んで、心が救われたような気分になりました。
多分、自分の状態に名前がほしかったのだと思います。仕事がうまくいかなかったのも、家にいて心が落ち着かなかったのも、適応障害になったのも「自分がHSP気質だから」と思えば納得できました。
HSPが気にならなくなった今
あの頃から5年くらいたった今は、自分をHSPだとは思っていません。理由はいろいろありますが、思い当たるのは以下。
・会社をやめてフリーランスになり、仕事の自由度が上がった
・満員電車や鳴りやまない電話、相性のあわない上司からさよならできた
・好きなこと、やりたいことをきちんと考えるようになった
・得意なことを考え、苦手なことをせずに済むようにした
・実家を出て結婚し家庭を持った
昔と圧倒的に違うのは、生活するうえでのストレスが激減したこと。
仕事を変えて、住む環境も変えて、自分の好きなこと・得意なことを分析するよう心がけたら、HSPという言葉が頭に浮かぶことは無くなりました。
昔に比べると、我慢や必要以上の配慮がなくなり、自分の気持ちを優先できるようになったと感じています。
結婚相手のパートナーからも「ゆらりはHSPではないと思う」と言われました(笑)。それだけ図太く生きられるようになったのかもしれません!
HSPを卒業した
HSPという概念は病んでいた私を救ってくれ、生活を変えるきっかけをくれました。だから、HSPの専門家の方々にはとても感謝しています。
でも今は、自分はHSPではない。卒業!といえる段階にきたと思っています。(厳密にはHSPは気質なので、卒業とかはないんだと思いますが)
以前からHSPについては色々と考える機会があり、ようやくひと区切りついた気がしたので、記事にまとめてみました。だいぶ月並みな考察になってしまいましたが。。。
長々とした記事になってしまい、誰がここまで読むねん!という感じなのですが、ここまでスクロールしてくださった方がいたら、最後まで読んでくださりありがとうございました!!!!おわり。